推しと生活

私の日常を彩る推し達と、私の日常を

【小説】パレット【斉藤壮馬】

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〖RGB=#190109〗 

どんな声だったかな
人は、声から忘れていくという。
すぐ近くにいたはずなのに思い出せない声を、取り戻そうとして頭の中で藻掻く。
君が使っていたパレットの上で絵の具を無意識に混ぜながら。
灰色を目指して混ざる色は自分自身の心そのものだ。

 

〖CMY=#D4F2D6〗
学校の屋上の縁で空を見つめていた。
誰もいないところまで飛んでいけるような気がしていた。

持て余して何も無い空虚な日々でも、空を見上げれば自分などちっぽけに思えたあの頃、屋上が好きだった。
いや、屋上以外の場所が嫌いだったのかもしれない。君と出会うまでは。
「何してるの?」
覗き込むビー玉のような瞳が眩しくて思わず瞬きをしたまま固まってしまった。確か。
「ごめんね!急に声掛けちゃって。」
「え、どちらさまですか?」
「知らない?隣のクラスなんだけど、、」
「ごめんなさい」
「君って正直だね!!」
そんなふうに、正直なことがツボにハマったらしく、失笑していた気がする。
「よくここに来るの?」
初対面とは思えないほどの馴れ馴れしさに圧倒されつつも、聞かれたことには答えたと思う。
「まぁ、よく来る、、かな」
「ここって入っていいところなの?」
「入ってる君が言う??」
「それもそうだね!!」
そう、本来であればここは生徒は立ち入り禁止の場所なのだ。そんな場所で、陰と陽の権化のようなふたりが偶然出会ったのは、もはや運命だったのかもしれない。

君と出会ったこの日の記憶は曖昧で揺らいでいる。そんなの、あまりにも不条理だ。

 


〖CMY=#D4F2B0〗
タイミングが合えば屋上には声がふたつ咲くようになり、眩いほど色鮮やかな日常だった。

「これはこの色とこの色を混ぜるんだよ」
「ふーん、こっちは?」
「これは、配分が難しくてさ」
パレットの上で絵の具をとかして、踊るように筆を滑らせながら、教えてくれた。
美術部に入っていた君は時々絵の具や筆、キャンバスを屋上に持ってきていた。
「確かに、少しの組み合わせで変わるんだ」
「そう!やってみる??」
期待した目で見つめられ、素直にやってみたいと思ったのでお願いした。
「うん、ちょっとやらせて。」
「うん!絶対楽しいよ!もし良かったらこのパレットと筆、あ、あと絵の具余ってるのあるからあげるよ」
「いいの?ありがとう」

それからは貰ったパレットと筆で絵を描くのも気がついたら当たり前になっていた。

 


〖RGB=#190109〗
ぼやけた輪郭をかき消すように灰色を塗り「また、描けなかった」
と唇の中でつぶやき、そのまま眠りについた。


影法師が見えて顔を上げる。
こもれびの中、君が笑った。
どうして、君はどうしてここにいるの?
今君は、どこにいるの??
また君に触れたい、そう思って手を伸ばす。

君の輪郭をなぞると、木漏れ日の中に溶けて行った。

枕の冷たさで目を覚ます。朝ぼらけの世界はまるでミニチュアの地獄のようにキラキラと輝いていた。
あまりにも眩しい。
昨夜、そのままにしていたキャンバスが哀しそうにこちらを覗いていて目を逸らした。

 


〖CMY=#C9F0C7〗
雨がしとしと降っている。

君への土産話を探しながら灰色の雨待ちを歩く。
出会ってからもう4年の歳月がたった。
4年もすれば人や景色が変わっていくのは当然だが、ご多分にもれず、2人も変わっていた。

「1078」と書かれたドアに手をかける。
「今日もありがとうね。これ読みたかったんだ」
j.g.バラードの「結晶世界」を渡すとまじまじと見つめて嬉しそうに微笑んだ。
布団の上に置くと、「あ、そうだ」と前回のお土産である伊坂幸太郎の「終末のフール」を差し出してきた。
「これもありがとうね。面白かったよ!」
「これね、終盤に行くに連れてさ」
「あー分かるわ。」
「そういえば、大学はどう??」
「楽しくやってるよ。学びたいこと学べてるしね、あとはまぁ、本読んだり絵かいたり。」
「そっかそっか!良かった。なんかモラトリアムって感じだね〜」
「そうだな」
「大人になるんだね。」
「大人になったら、宇宙旅行しようよ」
「えー何それ!お金持ちにならないとじゃん!」
「じゃあお金持ちになる計画から始めよう」
顔を見合わせて、お腹を抱えて笑った。

 


〖CMY=#D1EBD9〗
ひぐらしの声が響くあの暑い夏の日。
空に近いあの場所でポカリスエットを一気に飲み干した君はこういった。
「人は一生を終えたら、火葬場で焼かれて灰になるよね」
「うん、そうだね」
「そうしたら、自然に還っていくんだ」
「うん」
「でも、一人の人はその場所で消えてしまうけど、原子単位で考えたらさ、その人は本当に消えているわけじゃないと思わない?」
「うん??」
「その人を形作っていた、目に見えないものが形を変えて自然に還るだけ。また巡り巡ってさ、人や物、自然、世界の一部になるんだよ」
「…でも、その人の形を作っていないんだったら、それは消えたことと同じだって思うよ」
「まぁ、そういう考え方もありだよね!」
そう言って笑った。
「こっちの方が一般的だと思うけどな」
飛行機雲を乾いた筆でなぞってこういった。
「だからね。還りたいんだ」

その言葉から君の心は掴めず、言葉を繰り返すことしか出来なかった。
「還りたい…?」
「あ!ねぇ!浅葱色の絵の具ないんだった!お店行っていい??」
「あ、あぁ、いいよ。」
それから君は1度も還りたいとは言わなかったし、あの日の言葉について言及することもなかった。

 


〖CMY=#C9EDED〗
毎日同じこの白い部屋で、少しずつ小さくなっていく君。
窓を開けると、風に乗って微かにクチナシの匂いが訪れた。
「もうそんな季節なんだね」
「そうだね」
クチナシ花言葉、知ってる?」
「私は幸せです。」
「そう。皮肉だよね。この場所にクチナシなんて」
「そうだな」
「でも、確かに不幸ではなかった。むしろ幸せだよ。」
「どうして…」
瞼の裏の熱を感じて眉を歪めた。
ここで泣く訳にはいかない。そう思ったんだ。
「だって、あの日屋上で、会えたからさ。あの時もし出会えてなかったら、飛び降りてたでしょ?」
「それは、、そうかもしれない」
「もしタイミングが違ったら、出会えてなかったらかもしれない。そう思ったらやっぱり運命だったんだよ」
もう遅かった。とめどなく溢れ出る想いで頬が冷たい。
「大丈夫だよ。えいえんってさ、ここにあるよ」
そっと胸に手を当てられる。
「もうすぐ旅に出るよ。次の楽園に」
優しい眼差しをくれた君は美しくてさらに視界を滲ませた。

 


〖RGB=#15070A〗

 

 

君の中でかすかに揺らめいていた火が、消えてしまった。
色を見せていた光を失い、黒白に染まっていく。

 


〖RGB=#160B10〗
冬の寒さを感じ、厚手のコートに袖を通した。
半年前に入社した会社へ出勤するための身支度である。
天気予報を見るためだけに流していた目覚めに良さそうなテレビを消し、誰もいない空間に挨拶をする。
「行ってきます」
満員の電車で運ばれていると、ベルトコンベアの上の部品になったような気になる。
そうやって、部品のように社会の一員として、機能して生きていくのが人間というものなんだろう。
少なくとも生きているうちは。

見送ったことに変わりはない。
しかし、どうにもこうにも君がいないことが理解できないのだ。
電車の中にいても、仕事をしていても、君を探している。
もし君がいたら、今でも毎日一緒にいたのだろう。でも今一緒にいないということは、君がいないということだ。
背理法で君を探しても結局見つからない。
君は永久に 奪われているから。

 


〖RGB=#19010AからCMY=#BFFCE6〗
キャンバスに向かい、君を浮かべようとするも、靄がかかる。
写真なんてものはいくらでもある。見ながら描く事は出来る。しかし、それでは意味が無いのだ。自分の思い出の中だけの君をこのキャンパスという檻に閉じ込めておきたかったのだ。
もう既に忘れかけてるあの光のような温かさを、いつまでも。

「なんで…描けないんだ」
苛立ちを手のひらに込め、絵の具の入った箱を思い切り飛ばした。

君から貰った絵の具

バラバラに散らばる絵の具のチューブ達が、「情けない」とこちらを見ているみたいだ。
虚しい。

感情などそこになく、ただただ、散らばっているから集める。それだけだった。

最後に残ったのは浅葱色だった。
君が好きな色で、1番よく使っていた。
そういえば、あれ以来1度もこの色を手に取っていなかった。

拾い上げ、チューブを眺めると、小さな文字があることに気が付いた。

「哀しみを哀しんでもいいよ」

もしかしたら、初めからこうなることが分かっていたのかもしれない。
そして、君を探し続けて受け入れられないことも、君は分かっていたんだね。

君が自然に還ってから、初めて涙を流した。
感情の色を溢れる涙で溶かして、溶かして、溶かして、そして記憶の中の君を鮮やかに描く。
もう忘れないよ。「えいえんってここにあるよ」といった君を。

 


〖CMY=#B3F7B3〗

不意に伸ばした手のひらに、桜の花びらが舞い降りた。
抱き抱えた子どもに見せる。
「これが桜だよ」
「さくあ?」
「そう」
「さくあー!!!」


あれから何度季節が巡っただろうか。
自分はだんだん年を重ねていって、どんどん君から離れていくことを実感する。
夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来て、そうして毎年思い出す。君とすごした色彩豊かなあの日々を


なぜ君だったのか、なんて、今考えても何一つ分からない。
それでも構わない。今を生きて、いつかまた君に「こんな人生だった」と話を聞いてもらえる時が来たら。

 

その時はさ。